ミニマリストに憧れてモノを捨てたことは失敗だった(当時の自分の判断がイケてなかったことにがっかりしている)

今、振り返るとミニマリストに憧れて、モノを捨てた過去。

(捨てるには「中古品として売却する」も含む)

 

モノが増えがちな性格で、それなりにモノを抱えていたと思います。

だからこそ、憧れるんですよね。

失敗でした(後悔)。

 

 

なぜ、捨てたのか?

ミニマリストへの憧れ、つまりないものねだりが前提としてあったわけですが、現実的なニーズもありました。

なぜ、モノを捨てたのか。

 

置く場所がなかったから。

 

都内の自宅が狭かったのか、モノが多かったのか、おそらくその両方ではありますが、保管場所に困っていました。

当時はやり出して自宅の近くにもできたトランクルームを借りて、保管する選択肢もありましたが、そこまでする必要はあるか、と躊躇して結局、捨てる道へ。

色々とありますが、ケチったという話です。

 

使用頻度が少なく、いざ使うときも探すのに苦労する。

モノが多いことへのストレスがあったことはたしかです。

 

そして、いざ捨ててみるとスッキリする。

この爽快な気分。

シンプルになっていく環境を見て、気持ちよくなったことを覚えています。

 

当時は捨てても困ることはなく、後悔することもまったくありませんでした。

ミニマリズムってこういうことか、ぐらい思っていました。

 

 

失敗したと思う理由

捨てなければよかったと、今更ながらに思うモノがたくさんあります。

服、バッグ、本、写真、文書、など。

 

失敗したと思う理由を挙げると

・必要なら、また買えばいいと考えたが、また買う気にはなれない(もったいない・無駄遣いしている気持ち)

・買おうと思っても当時より価格が上がっており、買う気になれない(価格が2倍になっているブランドも)

・当時(4-5年前)は必要ないと思っていたが、今は必要になる(状況や考え方は変わる)

・自分は使わなくても、子どもが使える

・過去の記録や思い出がつまっていた

・二束三文にしかならなかった

 

いざとなれば何とかなる、と思っていたことが何ともならない、というか。

何とかしようと思えば何とかなるけど、そこまでしようとは思えない、というか。

じゃあ、捨てなければよかった、と。

 

当時に自分の判断がイケてなかったことに、がっかりしています。

そして、現実的に失ってしまったモノへの執着もあります。

 

失敗から得る学び

実際に行動してみて、失敗することで得る学びがあります。

振り返ると失敗だらけなので、やや疲れてきましたが。

 

買い直せば何とかなる、という考え方は自分にはフィットしなかったということを学びました。

先のことはわからないし、当時と考え方は変わるということ。

諸行無常です。

 

そして、「モノが多い」ではなく、「家が狭い」が問題だったこと。

家を広くすることを当時どれくらい考えていたかは記憶が曖昧ですが、将来的に保管場所を確保できると見通していれば、トランクルールへのコスト負担も選択肢として有りでした。

問題の本質を見誤ると、正しい打ち手に至らないという体験でした。

 

最後に、モノも経験もストックされてこそ、強さを発揮するということ。

1つ1つ、しっかりと積み上げることの大切さを学びました。

リセットすることは一瞬ですが、積み上げるには時間がかかります。

この時間と労力の非対称性は、自分で判断・行動し、失敗として経験すると明確にその概念を理解できるようになりました。

 

これは価値ある学びでした。

でも、しっかりと後悔もしています。

 

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