インフレの基礎、賃上げがされてこなかった背景を学ぶ
- 渡辺 努『インフレの時代 賃金・物価・金利のゆくえ』 2026年1月25日発行
この領域学びたいな、と思っていたとき、書店で偶然見かけて購入。
一気に読みました。
中公新書は、専門性が高く、自分にとって少しハードルが高い印象がありましたが、著者の平易な語り口と、読み手が感じる疑問に対する丁寧な論理・因果の記述によって、とてもわかりやすい新書にまとまっていました。
日本の慢性デフレが終わり、パンデミックと戦争に起因するインフレが2022年春に開始。

慢性デフレでは、以下のスパイラルが起きます。
- 企業は商品価格を据え置き(物価据え置き)
- 消費者の生計費は変わらず
- 賃上げも無し(賃上げせずとも生活できるから)
- 価格転嫁の必要性も起きない(1へ戻る)
そしてインフレ局面では、スパイラルの中身が変わります。
- 企業は商品価格を2%上げる(物価が上がる)
- 消費者の生計費も2%上がる
- 労働組合が3%の賃上げを要求
- 企業は賃上げ分を商品価格に転嫁する(1に戻る)
※このスパイラルの説明は、渡辺 努 著『物価を考える デフレの謎、インフレの謎』に詳しく書かれています
著者は、インフレを「望ましい」と考えています。
理由は、価格メカニズムが復活するので。
価格メカニズムとは、価格や賃金を通じて効率的に資源配分がされること。
きちんと利益を出している会社は、価格を適正に商品に反映し、賃金で還元し、人材も獲得できるようになる。
こうした好循環が回ることを意味しています。
物価据え置きの慢性デフレの日本では、この価格メカニズムが正常に機能していなかったということです。
本書で最も学びになったことは、なぜ日本が物価も賃金を据え置きにしてきた理由です。
以下、引用します。
きっかけは、日本経営者団体連盟(日経連、2002年経団連に統合)が1995年5月に公表したレポート『新時代の「日本的経営」挑戦すべき方向とその具体策』だった。先にも触れたように、当時、企業経営者には強い危機感があった。主要企業は80年代のバブル経済の時期に賃金の大盤振る舞いを行ったので、人件費が大きく膨らんでいた。さらに95年には超円高が起き、ドル建てで見た日本の賃金水準が世界で最高になってしまったからだ。経営者たちは報告書で、この賃金水準ではとても中国と闘えない、賃金を抑えるべきだと提案したのだ。
この95年のターニングポイントとなり、2000年代に入ってベースアップ(ベア)見送りの時代に突入することになります。
なお、この賃金据え置きの最終目的は、雇用を守ることです。
賃金を上げ過ぎると低賃金の海外勢との競争に負けてしまうので、水準を抑える。
いざという場合の資金を確保するために賃上げせず、内部留保する。
この結果、雇用を守ることができるというロジックです。
読み進めながら、自分は疑問がわきました。
日本企業(主に大企業)は、ここ20-30年、ベアはないが2%弱の定期昇給は行ってきたが、賃金を抑えてきたと捉えるべきなのか。
ここがよくわかりませんでした。
たしかに、物価が上がり、実質賃金が変わらない、もしくは下がる場面ではベアが必要かもしれませんが、物価が変わらない中、定期昇給で賃金が上がっていたことをどう評価するのか。
一部の大企業の話であり、多くの中小企業では定期昇給すら行われていないという整理か?
もしくは、非正規雇用や高齢者、女性の社会進出なども関係している?
読み進めながら、このあたりのブレイクスルーを欲し始めました。
ちなみに賃上げ文脈でないところだと、「インフレ予想」の話はとても面白かったです。
インフレが起きるには、消費者が「インフレが起こる」と予想していることが強く影響しているとのこと。
諸外国とのアンケート比較でデータが示されており、経済と心理学の交わる点を感じました。
行動経済学の本を読んでいたときに感じる面白さであり、根本には心理学的な要素があるのだと、自分の中で整理しています。
メインバンク制とダークサイドイノベーション
『インフレの時代』を読んでいたので、この領域の関心度合いが高まっている中、書店の売上ランキングで上位に置かれていた本に目が留まります。
- 河野龍太郎 『日本経済の死角 収奪的システムを解き明かす』2025年2月10日発行
経済系の本で賃上げとは少し違うかなーと思いながら目次を読むと、「実質賃金」「定期昇給」「ゼロベア」などの文字が並びます。
いや、これはど真ん中の本なのでは。
「はじめに」を読んで確信し、『インフレの時代』の次に読む本にしました。
結論、『インフレの時代』で疑問になったことが本書には記述されており、深い理解へとつながりました。
ざっくりと、自分なりに趣旨をまとめます。
- 高度経済成長期を経て、日本の賃金は上がっていた
- メインバンク制が機能し、長期雇用制を支えていた(いざというときに救済される仕組み)
- バブル崩壊で、メインバンク制も崩壊(いざというときに救済される仕組みがなくなる)
- リスクをとって賃上げ(投資)した企業が傾き、リストラへ(結果、経営陣は引責辞任へ)
- いざというときに堪えられるよう、企業が内部留保へ走る
- 95年のレポートで公式に賃上げ抑制へ、一方で雇用は守る方向へ
- 雇用を守るために非正規雇用という収奪的なシステムを生み出した(著者は、このシステムの創出を「ダークサイドイノベーション」と喝破)
- 20-30年のデフレ時代へ
『インフレの時代』とも交差しながら、考えがまとまっていきます。
そして、本書では、(大企業では)2%弱の定期昇給は実施しており、ベースアップがないことは問題ではないと大企業が認識していることは、大きな誤りであると指摘されていました。
まさに、自分の疑問にミートする指摘です。
なぜ、ベースアップが必要なのか。
どういう影響が出るのか。
このあたりを読み解いていきました。
優秀人材と年金財政
結局、2%弱の定期昇給だけでは問題であるということです。
2冊の新書を読む過程で、内容がどうもしっくり腹落ちしていないモヤを感じていましたが、今振り返るとよくわかります。
この20-30年を通じて「正社員の実質賃金を低く抑えてきた」という主張があるのですが、自分は「低く抑えてきた」とは考えていなかったので、ここに認知のズレが起きていました。
著者は「大企業かつ正社員に対する2%弱の定期昇給」のことを、「正社員の実質賃金を低く抑えてきた」と言っているのだと思います。
これが問題なんだと。
このズレを自身ですり合わせ、自己解決できたことで一気に見晴らしがよくなった気がします。
さて、ベースアップの話に戻ります。
なぜ、ベースアップが必要なのか。
それは優秀人材の獲得と年金財政の改善です。
グローバルで競争している企業は、グローバル目線で優秀人材を獲得しなければいけません。
日本国内の賃金水準だけに目を向けているのではNG。
とした場合、諸外国と同じ水準で賃金水準を上げていく必要があります。
ベースアップでないと初任給は上がりません。
定期昇給で賃金が上がったとしても、全体(ベース)は上がっていないことになります。
この賃上げによって、価格転嫁を起こし、物価も上げて、さらに賃金を上げていく。
このスパイラルに出遅れてしまうと、賃金水準で見劣る日本企業が優秀人材を獲得できなくなってしまうという論です。
優秀人材に限らず、そもそも人材獲得できなくなってしまうリスクも孕んでいる気もします。
そして、別論点に見える年金財政。
賃金水準を引き上げることで、内需を増やす。
海外での投資ではなく、国内い投資する。
所得・消費が増えることで、サービス消費も膨らみ、内需が中心である中小企業に恩恵がわたる。
結果として実質賃金が改善され、年金財政も改善される。
国という単位で長期視野に立った場合、内需に目を向けて国民の豊かさを向上させる。
賃上げの先にある姿について、自分の絵姿が乏しかったがゆえ、大きな視点で物事を考えることができていませんでした。
調べれば調べるほど、知りたいことが増えてきます。
知識を欲しているのは、まさに今現実にインフレが進行中で、物価高も肌身で感じることができているから。
この先、どうなるんだろうか、という予測をするにも最低限の知識が必要です。
その知識が現実が交差している今の時代だからこそ、今までと異なる興味関心が出来上がっていることにも気づきました。