なぜ、ブログを書くのか。
書かないといけないわけではない中、時間をかけてでもブログを書く理由とは。
忘れがちな自分にメモを残します。
1. マーケティング
仕事の一環なので、その目的は「問い合わせ」をつくること。
自分を知ってもらい、ブログの内容に共感していただき、かつタイミングが合えば仕事の機会に発展します。
独立という限られたリソースで商売をやっている以上、仕事をする上で「相性」は最優先事項。
相性を見極めていただくためにも、自分の考えやスタンスをブログを通じて発信することは重要(というよりは不可欠)です。
2. スキルを磨くため
昔から「書く」ということが苦手で、今でも強い苦手意識を持っています。
なので、実践を通じてスキルを高めています。
素人らしく、場数で勝負。
書くという行為がスタートできない、ということは克服できたと思います。
3. 思考を整理するため
いざ書こうとすると、自分の考えが浅く、ぼんやりとしていることに気づかされます。
そして、紙に考えを書き出します。
思考を整理する中で、思考の浅さが見える化されてきて、今まで気づいていなかったことに気づけます。
書くという行為が、強制的な自分との対話となり、思考力が乏しい自分を引き上げてくれます。
4. 意外と好き
強い苦手意識を持っている一方で、意外にも書くことが好きかもしれません。
ブログを書いたり、書かなかったりの生活をおくる中で、意外にも好きかもしれない、と気づきました。
だから、それなりの習慣としてやってこれたのかも。
5. 習慣化力を高めるため
去年(2025年)の3月まで土日祝以外はブログを書くと決めて、習慣にしていました。
継続することで習慣化力は高まると思います。
その1つの行為にブログがありました。
習慣として続けるには、適度な難易度であり、続けようと思うば続けられるものであり、それ相応の効果もありました。
6. 記憶の定着を促すため
書くことは、自分の言葉で捉え直す行為となります。
結果、記憶としてより定着される感覚があります。
完全に覚えている状態というよりは、「あのときブログに書いたな」「あそこに書いた気がする」「アイキャッチ、あれだったな」と起点がスムーズに立ち上がります。
引き出しが増えると同時に、引き出しの取っ手が握りやすく、かつ引いた際に滑らかに動作してくれるイメージです。
ここまで書いて気づいたこと
上記の1-6をノートに、手書きしました。
この順番で書きました。
そして、気づいたことがあります。
全部、自分視点だということ。
ダメですね。
ダメダメです。
自分中心の理由になっている。
わりに自己嫌悪でした。
1発目に「マーケティング」なんていう下世話な目的を考えている時点で、今の自分のレベルを客観視できました。
本当に、このタイミングで振り返っておいてよかった。
そして、目的って何だっけーと考えたところ、そうだ(そうだった)、とペンが走りました。
7. 人の役に立つこと
自分はたまたまコンサルを仕事にすることになりました。
たまたま領域が人事でした。
偶然にも環境が特殊で、いろいろと学べる機会がありました。
そして、偶然にも独立し、主にスタートアップを対象にしたコンサルティングを行っています。
話は変わりますが、昔も今も、仕事を前に進めてくれる存在は「情報」です。
主に本を通じて、役立つ情報を取得していましたが、ウェブ上の何とも怪しい(デザインには無頓着の)ブログも、自分にとって希少性の高い情報を与えてくれました。
他のウェブサイトでは、ありきたりな、どこにでも書いてある教科書的な内容である一方、そうした怪しいブログでは、グッと刺さる情報が不器用な感じで書かれていました。
それは生々しい経験と知見でした。
情報を発見したとき、「(自分だけが)お宝を見つけてしまった」「そういうことだったのか」という感覚は、何とも言いようのない興奮を与えてくれました。
この原体験を、自分でも発信していきたい。
偶然にも学び得た「人事コンサル x スタートアップ」の知見を世の中に伝えていきたい。
本当に困っている・迷っている・期待する情報にアプローチできていない人に対して、ヒットする感覚を提供し、少しでも悩みを解消できるように貢献したい。
さらに書き続けるうちに、「人事コンサル x スタートアップ」以外でも、自分が知りたいと思った情報もなるべく透明にわかりやすく発信していきたい。
こんな気持ちにも拡張していきました。
目的は、人の役に立つため。
これが主です。
もう1つ挙げるとすれば、思考を整理するため。
思考を整理する、とは自分にとって「振り返る」ことと同義。
振り返ることこそ、人の役に立つことの先行指標。
だからこそ、すぐに役には立たないかもしれないけど、振り返りも書いていく(言い訳っぽい)。
一人で仕事をするには、書くことが不可欠なんだと、気づかされました。