石沢渓谷
一人でトレッキングへ。
途中、コンビニでご飯でも買って、なんて思っていたら家から渓谷の駐車場までコンビニがなく、、、
渓谷の近くに道の駅があり、何とかおにぎりを調達できました。
朝から心配ばかりで、歩き始めた頃は気疲れしていました。
1周で、ちょうど10キロほど歩ける距離で、危険なところはなく、適度なアドベンチャー感があって楽しかったです。
ただ、川沿い、そして山を登っていく先の休憩所が寒かった。
思いのほか、身体が冷えてしまい、反省。

副鼻腔炎
子どもがずっと風邪っぽくて、3週間ほどその状態に付き合って生活していたのが5月中旬から6月にかけて。
案の定、家族にもその風邪は回り、見事に全員がいただきました。
自分は、その細菌が鼻に行ってしまい、副鼻腔炎に。
鼻水、痰が無限に出てきて、喉もおかしく、ときに頭痛も。
初手で薬を避けて、「自力で」と選択したのは(今振り返ると)ミス。
その後、2週間ほど投薬を続け、何とか回復。
ただ、上咽頭炎との絡みで痰・後鼻漏が止まりません(困った)。
途中、嗅覚がなくなり、食事に味を感じなくなったのが辛かったです。
Bスポット療法
3月から開始したBスポット療法。
効果を感じているので、往復3‐4時間の通院を可能な範囲で週2、続けてきました。
このために日々のスケジュールを調整しています。
3-6月の4ヶ月で、29回やりました。
当初、先生から「最低でも30回は必要」と言われていましたが、まだ続くようです。
やり始めは処置で大量の出血があり、処置後の3日間ぐらいは痰に血が混じっている状況でした。
それが20回目ぐらいから出血の量が減っていき、最近はやや血が滲んでいるくらいで、ほぼない状態。
だいぶ良くなってきていることを感じています。
7月以降は、週1に頻度を減らして継続することを思案中。
七五三
七五三の写真を撮りました。
こういう機会に気合いが入らない親失格の自分です。
写真を見ると、やっておいて良かったなーと思う一方、やるまではなんでやるんだろう、と自分の理解不足を理由に準備に力が入りません。
当の本人も「やりたくない」と言っているし、でも終わった後は「また、やりたい」と言っているし。
親としてのスタンスが問われる数少ないイベントを経ると、いつも親としての自覚のなさを痛感して、自己否定に陥りますね。
自己否定に陥らないスキルは身につけたのですぐに止めることはできますが、もう手一杯で笑えてきます。
もう笑うしかない。
そして、気にせず進みます。

新居
当初5月末で工事が終わる予定が、6月中旬となり、さらに7月になり、、、
夏の本格的な暑さになってしまい、今の家だと死の危険すら感じているので(なぜなら、自分の仕事部屋にクーラーがないので)、早く引っ越したいという切実な思いがあります。
ただ、ここまで来たら待つしかありません。
火災保険、不動産登記、住民票の変更、補助金の申請、ケーブルTV・インターネットの契約、電気や水道の変更などなど、できること・やるべきことをリストアップして進めていきます。
一大プロジェクトです。
6月で結構なタスクを消化したけど、7月も追加のタスクが出てきそう。
もうここは出てきた球を打ち返すのみです。

相続
亡くなった日から10ヶ月以内に相続税を納税することが法律で決まっています。
納税し、さらにその他の支払いも済ませて、ほぼ完了しました。
あとは権利関係で、こちらも不動産登記、抵当権抹消。
ここ3ヶ月で、何枚の印鑑証明書、住民票を取りにいったか。
紙・電話・FAXの世界も見事に経験しました。
そろそろ蕁麻疹でも出そうです。
相続って、誰のため、何のため、なんでしょうか。
二度とやりたくないので、自分が死ぬ際に面倒がないようにします。

会食
5‐6月と積極的に会食の予定を入れさせていただき、たくさんの人と会ってきました。
本当に、これが自分にとって貴重なガソリンになったというか、シンプルに楽しい時間で、自分が救われた気がします。
仕事のこと、家族のこと、そしてバカ話。
普段、できない話ができたり、自分は相手の話を聞いているだけでも十分なので、その時間を美味しい食事・お酒とともに満喫してきました。
プロジェクトが終了した後でもお付き合いができるクライアントさんがいることは、自分にとって大きな財産です。
移住した立場なので、移動時間はかかりますが、そんなの関係ありません。
本当に大切な時間です。
7月も、ここを中心にスケジューリングしていきます。
そして、自戒を込めて。
一度、久しぶりに二日酔いになりました。
ホテルでチェックアウトまで寝込み、朝食の食べれず。
後悔と自己否定をホテルのベッドで繰り返します。
そして、お酒をやめよう、といつも通り誓い、すぐに破棄します。
42歳にもなって、こんなことを繰り返しています。
バカですね、ほんとにバカだと思います。

前半の振り返り
気がつけば2025年も前半が終わり、後半へ。
去年からずっと気の張った時間を過ごしてきましたが、もろもろの案件が終了したり、終了に近づいたりと、やや気が楽になってきた部分があります。
というのは、表面的な話でここからがリスタートというか、終わりの始まりってやつです。
2025年は、キャッシュフローとBSの動きがヤバいので慎重に計算と仮説を重ね、やっと見通しが立ちました。
あくまでも見通しであり、1年経ったら全く別の世界になっているので、ローリングして検討し続けなければなりませんが、見えていないことを積み重なると気持ちが安定しなくなるので、この6ヶ月の振り返りのタイミングで整理できたことは、確実な前進でした。
見通しが立つことでヤバさがより鮮明になるのですが、見えた方が対策も考えることができるし、様々な打ち手を考えることでリスクを下げることができます(ヤバさを下げることはできませんが)。
まぁ何とかなるでしょう、とは言いませんが、何とかしてみよう、と前向きになれるのは確か。
仕事についても去年見えていなかった景色が、見えている気がいます。
不思議と、なぜ見えるようになったのか、は分かりません。
もしかすると幻想かもしれませんが。
ただ、いろんな人と素の自分で話し合うことができた点が大きいと思います。
あの言葉が、あの時の出会いが、みたいな鮮烈な記憶はありませんが、渇きに対する水のように吸収できる脳と身体があったように思います。
