降格・降給を目的にした人事制度をつくってはいけない

人事制度のWhy(背景)について議論していると「こうした方が下げること(降格・降給)ができるのではないか?」「下げやすいのでは?」といった声を聞くことがあります。

ふと立ち止まって考えると、その対象者の割合はどれくらいなのか。

マジョリティではないはず。

(もし、マジョリティであれば採用がおかしいはず)

 

穿った目的を据えてしまうと沼にハマってしまう危険性があるため、注意が必要です。

 

なぜ、ダメなのか

降格・降給を目的に据えた人事制度だと問題が起きます。

  1. 社員に説明できない(もしくは、嘘をつくことになる)
  2. 人事制度が複雑になる
  3. 降格・降給と関係ない社員(マジョリティ)にとって有益な制度にならない
  4. いざ降格・降給をやろうとすると、想像以上の負担で目的を果たせているとは言えない状態になる
  5. 相手もそれがわかるので、対決姿勢が強まる
  6. マネージャーの説明が「制度だから」の一点張りとなり、火に油を注ぎやすい

 

ざっと、こんなところが気になっています。

 

特に「4」。

降格・降給というのは、想像以上に関係者に負担を強います。

人事制度が「そうなっているから」で対応できる類の話ではありません

 

また降格・降給は、スタートアップの300人前後のフェーズでは「1-2%」だと思っています。

その1-2%のために制度をクリエイトするのであれば、残りの98-99%の方にとって有益な制度にすることが大事です。

 

採用で何とかしない

一度、降格などで問題に直面した方であればわかると思いますが、制度で何とかしようという感覚ではなく、採用で問題解決すべき領域であるとお考えになるのではないでしょうか。

 

採用で100%見極めることはできませんが、何とかそこで食い止めるように試行錯誤するようになります。

「降格・降給になったら」の先に関するルールやオペレーションを考える時間は、採用プロセスの磨き上げに使うことの方が費用対効果は高いという意見です。

 

どの会社も言うワーディング

  • うちの会社が解こうとしている問題は難しい
  • カルチャーが特殊だから、他の会社よりも仕事に慣れるのに時間がかかる

 

「だから、入社後に思っていた期待を果たせず、降格・降給が発生してしまう」と。

 

自分は、そうではないと思っています。

 

これは本人(入社者)の責任ではなく、受け入れ側である会社の見極めの問題なのです。

どの会社に入ろうが、慣れるのに時間はかかるし、十人十色の組織でパフォーマンスを発揮するのは難しい。

 

「うちの会社は特殊」という感覚を持つことは、あまり意味がありません。

みんなそれぞれ特殊なのです。

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