スタートアップで組織づくりを行っていく際の鉄則を考えてみた。
特に、創業者・経営者の専門性と異なる領域で、組織づくりを進める際に意識してほしい。
創業者・経営者がエンジニア出身であればセールス組織について、創業者・経営者がセールス出身であればエンジニア組織について、という意味合いだ。
説明責任を果たせる人を責任者に配置する
合理的にモノゴトを考え、論理的に説明できる人材を責任者のポジションに配置する。
組織をリードして、成果を出すことは当然との前提で、それ以外のポイントをまず最初に挙げた。
説明責任をを果たすには、論理的かつ細部にこだわれる人材を配置すべきだ。
大雑把に「カルチャーが・・・」といった非現実的・抽象的な話で、論破しようとする人材を配置してはいけない。
特に、自分(創業者・経営者)に深い専門性がない場合、相手を信頼して組織づくりを任せることになる。
もし、説明責任を果たすことを自らのミッションに据えていない人材を責任者ポジションに据えてしまうと、「縄張りづくり」が始まる。
ローカルルールを次から次へとつくり、複雑性を高め、周囲にはわからない環境を、つまり自分たちにとって都合のよい環境を、会社のカネとヒトを使ってつくり出す。
勘違いも甚だしい。
しかし、専門性が異なる分、議論ができない。
建設的に議論できる人材であることも必要だ。
相手に敬意を示し、お互いに尊重しながら批判的な議論ができること。
抽象的な書きぶりかもしれないが、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない。
私自身も昔は「わからない人」だったので、よくわかる。
顧客・ユーザーや提供価値をベースに議論する
組織の話になると、採用やら育成、そしてカルチャーの話へと発展する。
それは違う。
まず、顧客・ユーザーや自社の提供価値について、あるべき姿や現状の問題について理解を深め、課題設定することが大切だ。
カルチャーとは結果であり、そんな話を組織づくりの初回に持ち込んではいけない。
顧客はユーザーは何を求めているのか、何に問題を感じているのか、どうすればその問題が解決に向かうのか、そして、我々の提供価値は何か、差別化のポイントは何だろうか。
ちなみに差別化のポイントは、ざっくりと印象・イメージを言葉にすることはできても、詳細に言語化することは難しい。
簡単に言語化できてしまう差別化は、容易に相手の模倣を引き起こしてしまい、継続的な競争優位にはつながらない。
なぜ、あの会社が急成長できるのか。
何となくわかるけど、詳細はわからない、ぐらいのテンションが的を得ている。
組織づくりがうまくいっていない組織ほど、顧客やユーザー、提供価値が議題に挙がることは少なく、すぐにカルチャーへと議題が飛んでいく。
カルチャーは否定するつもりは一切なく、経営における最重要差別化ポイントであることは確かだが、カルチャーは結果の原因ではなく、実行の結果だ。
実行した結果がカルチャーなのである。
カルチャーについて議論を深めても、有意義なカルチャーは形成できない。
何度も言うが、カルチャーは実行の結果。
このことがわからず、カルチャーを印籠のように振りかざし、みんな意味もわからず、しかし「バカ」だと思われたくないので「わからない」と突破口を開くことができず、言い負かされて縄張りが出来上がる。
良くない。
印籠は印籠でしかない、
印籠を見た相手が権威を感じて、屈してくれれば意味があるのかもしれないが、顧客やユーザーは印籠に対して自らの大事なお金や時間を渡してくれるわけではない。
カルチャーという印籠に権威を与えすぎるのは無意味だ。
説明責任を果たさずに、大雑把にその場の空気で議論を進めるのに最良のツールがカルチャーだったりする。
何度でも強く言うが、私はカルチャーを「まったく重要でない」とか「そんなもの必要ない」と主張しているわけではない。
スタートアップにおける本物のカルチャーを実際に見て、体感しているので、カルチャーの大切さ、威力、怖さは重々承知している。
「印籠として使うな」と強く語っているだけだ。
これも、わかる人にはわかってもらえると信じている。
相応しいリーダーを配置するしかない
組織を束ねる責任者ポジションに対して、それ相応の人材を採用して配置する。
当たり前だが、それができないと組織づくりがうまくいかない。
組織崩壊したなんていうケースは、ほぼすべてで責任者ポジションの採用と配置に問題が起きているに過ぎない。
担当者ポジションで、組織なんてものが崩壊することはあり得ないのだ(犯罪やハラスメントは除いて)。
採用した段階では、責任者としての期待を果たせると思っていたはずが、そうではなかった場合に、こういう問題は起きる。
すべてはリーダーの採用なり、配置にかかっている。
具体的な話をすれば、私が設計・提案する等級制度で6等級以上の人材を責任者ポジションのリーダーに据えられるか、が肝だ。
100歩譲って「5等級だけど6等級に成長できるポテンシャルは見えている」もアリだ。
3等級や4等級だけど、6等級や7等級のポテンシャルがある、では明確にNG。
せめて5等級に昇格した後に、そのポジションに据えることにしよう。
組織づくりに失敗するケースでは、多くが「6等級」と見せかけて「4等級」相当の人材が配置されている。
4等級となっているものの、それは建前で、本来の実力を鑑みると3等級といったところが本音だったりもする。
この人材が責任者となれば、組織づくりはうまくいかない。
山登りに例えれば、地図を読めないが読めるフリをする、装備品に不足がある、登山のスキルも経験もない、山の天候の移り変わりをナメている、そもそも登山の目的が他者とズレている、と、もう事故しない方が偶然と呼べる状態だ。
こういう組織は早急にトップを変えよう、と叫んでも、もちろん組織は動かない。
しがらみと将来の不安の中で意思決定はできないのだ。
限界ギリギリまでヤバい状態になったら、いい加減やらざるを得なくなるが、回復までにはだいぶ時間をかけることになる。
「何とかなる」と思っているかもしれないが、まったくもって考えが甘い。
人の問題は、何とかならないから難しい。
気づいたときに、信頼できるチームで議論し、面倒くさくても対処しなければならない。
その領域の担当者に、とりあえず仕事を投げると火に油を注ぐことになる。
ちなみに、こういう風に思考して安易に実行してしまう方は、仕事を投げる担当者すら間違えてしまうことが多々ある。
面倒事にこそ、リーダーが率先垂範しなければならない。
そうすれば、自然と有意義なカルチャーもできてくるだろう。